スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「Losing their religion: the hidden crisis of faith among Britain’s young Muslims」

2015年05月18日 20:29

いつ以来なのか本人も分からないほど久しぶりのレビューです.

昨日読んだWeb記事が秀逸だったので軽くレビューしたいと思います.

記事元はイギリスの大手新聞『the guardian』の日曜版『The Observer』.

Losing their religion: the hidden crisis of faith among Britain’s young Muslims

というタイトルで,イギリスにおける若年層ムスリムの信仰が薄れていく現状について書かれています.

ただし「the hidden crisis of faith = 隠された信仰の危機」というタイトルではありますが,
信仰が失われていくことに対する危機感ではなく,むしろこの記事はイギリスにおいて
イスラム信仰を維持できなくなった若年層のアイデンティティ・クライシスとそこから生まれる孤独感,
およびイスラム信仰を捨てたことによる実際的な生命の危機についての現状について書かれています.

リード文を引用すると,

“As debate rages over the radicalisation of young British Muslims, are we overlooking a different crisis of faith? Ex-Muslims who dare to speak out are often cut off by their families and fear for their lives. A brave few tell us their stories”

Ex-Muslimという表現があるのを初めて知りました.
というのも,「イスラム教に改宗することはできるけれどイスラム教から改宗することはできない」
というのを昔々どこかで聞いたことがあるような気がしていたからです.
と言うわけで,何故だか一旦ムスリムになったら信仰の軽重や実践の有無は別にして
ずっとムスリムなのかと勝手に思っていましたが,そんなことはないようです.
少なくともイギリスでは信仰を捨てた人をEx-Muslimと呼ぶようですね.


イスラム教をすごいなと思うのは世界の歴史を紐解いてもイベリア半島を除いて,
一度ムスリム帝国が支配した地域ではほぼイスラムが根付いていることです.
インドは複雑ですが結果的にはパキスタンとバングラデシュが生まれていますしね.

またムスリム・アイデンティティというのは非常に強く作用するようで,
それは毎年のハッジの様子などを見ていても感じます.ムスリム皆兄弟みたいな感じでしょうか.
特にイギリスのような非イスラム国に見られるムスリム・コミュニティというのは,
単なる同郷集団よりも強い結びつきがあるような気がします.

イスラム信仰を手放すということは,それを失うということもでもあるので,イギリスのEx-Muslimたちは
自分が何者であるのか?という問いとコミュニティからの疎外という孤独感を抱くことになります.

また家族や親戚からの迫害・身体的脅迫もあるようです.
バングラデシュでは昨年から3名ほど過激派を批判した有名ブロガーが殺害されています.
結婚などにも当然影響がでてきます,身内と縁を切られるケースもあります.
母親に触れてももらえないというのはつらいですね.


興味のある方は,ちょっと長いですがぜひ原文を読んでみてください.



ストライクウィッチーズのアニメ新シリーズ,502JFWですってよ!


コメント

  1. hakase | URL | LTq43RdE

    Re:「Losing their religion: the hidden crisis of faith among Britain’s young Muslims」

    私が知っている範囲でも、ムスリムを「やめる」ことはできないはずです。
    だからEx-Muslimと称していても、出身コミュニティ内では認められていないでしょうね。「やめた」人自身もそのことがわかっているはずなので、精神的にはかなりしんどい状態じゃないでしょうか。場所を変えないと、断ち切るのはかなり難しいと思います。

    大体「人はすべて生まれた時から全員ムスリムである」というのがムスリムの主張ですからね。「自分たちではキリスト教徒だとかユダヤ教徒だとか、○○教徒だとか無宗教だとか思っていても、その実本当はみなムスリムである」というのが彼らの考えです。だから「やめる」とか「やめない」とかの問題じゃないってことですね。でもこれ聞いたとき「卑怯だ!」と思いましたよ。

  2. Naoko | URL | -

    >hakaseさん

    文中では“apostate(背教者)”という表現の他,
    “atheist(無神論者)”“Muslim atheist”っていう表現もありますね.
    少なくともイギリスのこの記事を書いた人の界隈では棄教がありうるという認識でしょうか.
    それともムスリムでありながら神を信じない(=冒涜)という認識でしょうか.

    今までいろんな国のムスリムの方とお会いしてきましたが,
    イスラムやムスリムに対する認識や解釈はけっこう場所や個人で違うように思いましたね.
    「改宗」の対する考え方についても人によって言うことが違うので,
    ポイントはやはり「コーランをどのように解釈するか」ではありますが..

  3. hakase | URL | LTq43RdE

    Re:「Losing their religion: the hidden crisis of faith among Britain’s young Muslims」

    「棄教」は「棄教した者」(とその他関係のない周りの非イスラム教徒)の「主張としてだけ在り得るもの」という感じなのでしょうね。「棄教(ムスリム側から言わせると棄教はできないとされているので、不信心、不信仰、でしょうか)」は最大の冒涜なので、ムスリム側から見ると罪は重い、ひいては関係する家族も周りから非難されますから、全部繋がってきてさらに重くなっちゃいますね。イスラム=コミュニティといってもいい部分があるので、排斥されるのは社会的死のようなものですよね。

    一神教を信じている人たちのメンタリティには独特のものがあって、外から何を言われても、自分が信じていることを信じていないと存在が成り立たない構造になっているので、難しいんですよね。

    大学時代、アメリカ人の教授がクリスチャンで、教会の集まりを持っていたので、よく顔を出していたんです。そこで出会った日本人のクリスチャンの方に、(自分がムスリムになるかもしれない、ということも頭に置いた上で)「日本でクリスチャンでいるってどういう体験ですか?」というようなことを聞いたんです。

    そしたら、「いろいろ言葉で説明することはできるけど…結局中に入ってみないと絶対にわからないことってあるんですよね」と言われて、結構興味がわいちゃったんですよね。確かにそういうところはありますね、外側からは掴み取るのが難しい部分があるようです。

    私もいろんな国のムスリムや、同じベンガル人でも、人によって解釈は大分変るなーというのは感じています。私にとって宗教は個人的なものですが、イスラム教はそれを許さないところがあるので、なかなか折り合いがつきませんね。

  4. Naoko | URL | -

    >hakaseさん

    確かに,一神教同士はたとえ宗派などが違っても通じるものがあると聞きますね.
    私は典型的なモンスーン・アジアの多神教文化で育ってきていますので,
    自然や古いものには神様がいっぱい!というのがしっくりきますね.
    唯一絶対じゃなくそれぞれ役割がある,みたいな感じでしょうか.
    更に言うと,神道よりも仏教の方がより世俗的な感じが好ましいと思っています.

コメントの投稿

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。